月替わり!ちょっと一言・・・

8月 学校外の子どもは どうあるべきか・・ 藪田榮男

(あまが先)の子どもたち

もともと、子ども達は宿題がなければ、学校が引ければ自由奔放・闊達に遊びまわるのが本分であった。

しかしながら、いつごろからかわからないが子どもたちの可処分な時間のほとんどが、

習い事や塾などに費やされるようになってしまった。

昭和30年代は、それこそ子どもたちは学校が引けるとカバンを家に放り投げ、日暮れの晩めしどきまで

地域を駆け回ったもので、遊びつかれて行くところもなくなってしぶしぶ家に帰ったというのが当時の

一般的な生活パターンであった。このような中で、子どもたちは、地域の目の届く中、時として地域の大人に

注意され、年上からは子どものルールにのっとった遊びが教えられ、知らず知らずのうちに、ごく自然と分別

のある地域の大人に成長し生きていけるようになったのである。

そして、地域は子どもたちにとって、最も安全な子どもが育つための空間であったはずである。

現在はというと、大人にはなってはいくが、モンスターペアレントに代表されるように、地域の大人という

観点では論じられない現実がある。真に地域の大人とは、他人様の子どもをわが子と同様に捉えて、地域の子

として見守り育てていけるそのような大人であったはずである。

何故、このような大人が少なくなってしまったのだろうか。それば、子ども時代の過ごし方に大いに関係している

と言える。いま地域には、地域を知らない大人がたくさんいる。このことによって、地域社会の絆が脆弱化し、

子どもたちが安全で安心して育っていく空間がなくなってしまいそうな状況である。

いま手を打たなければ大変なことになっていくのではないか。尼崎は、そのような意味において、全国でも最も

早く子どもたちの安全で安心な地域がなくなったのではないか。たとえば、児童ホーム(学童保育)が全国に先がけ

て全小学校に開設されたことからも類推できるであろう。

言い換えると、仮に児童ホームがなくても、放課後地域で子どもたちは安心して遊べていたのなら、問題は

なかったはずだから。それでは、児童ホームがなければ如何様になっていたのだろうか。

もしかして、大人たちに協働の意識が芽生え何らかの対応が出来ていたかもしれないし、子どもたち自身

にも異年齢の集団が自然と出来上がっていったかもしれない。動物本能からすると、弱いものは群がり

助け合う習性が存在するからである。

このような観点から、子どもたちには、特定集団での遊びではなしに、自然に発生した異年齢集団に

おける遊びが、今、正に求められているのではなかろうか。子ども時代の過ごし方が、子どもたちに、

自ら感じ、地域のおきてやルールを自然と身につけ、自身を守るための護身術などを育むようにならなくては

ならない。このようなことが、子ども時代に身について成人となってきていたならば、今の地域社会は、ここまで

脆弱化していなかったであろう。地域社会に責任の一端を感じ、何らかの地域での役割を担っていたのではないか。

このために何をすべきかであるが、子どもを中心とした地域活動を再起させ、大人もこれにかかわっていくことから

始めるべきである。そのための仕組みは、今、尼崎には存在する。これをどのように具体・活性化させるかである。

尼崎において解決すべき都市課題なのではないか。それは、子どもクラブであり、放課後の全児童が自由に

参加できる仕組みである。しかしながら、このことを保護者や地域社会が認知し、より高度なものへと変化させて

いかなければ意味をなさないのである。したがって、行政も住民も地域再生のために、手始めにこのことから

真剣に取り組むべき時がきているのではないか。

 

 

 

 

7月「ちょっと一言」 副理事長 橘 英嗣

ご存じの通り、兵庫県では昨年4月に「自転車の安全で適正な利用に関する条例」が施行されて

から、自転車事故が多発している現状や、自転車運転車による危険行為の摘発件数が増加して

いると言ったニュースをよく目にするようになりました。

つい先日も某新聞社の朝刊を読んでいると、兵庫県内における「自転車による危険行為の

摘発件数(昨年6月から今年5月末までの兵庫県警発表)市町ランキング」という記事が

大きく取り上げられており、不名誉にも我が尼崎市は年間1,247件と

堂々のワースト第一位となっておりました。

またビックリする事としてワースト2位の神戸市328件と比べてもその数約4倍、

ワースト3位の西宮市211件と比べると約6倍となっております。

ワースト1の汚名を早期に返上する為には、私たち大人が率先して交通ルールを守り、

子ども達の良いお手本となれるよう、日頃より安全に自転車を利用していかなければならない事を痛感いたしました。

 

5月「ちょっと一言」 副理事長 井口 正

「爪に火を灯す」とは、極めてけちなたとえに使われますが、大変つつましく生活するたとえにも使われます。

最近は、「親が、爪に火を灯しながらでも、我が子の成長を願う。」という考え方は、非難されるようです。

私の育った家庭は、決して豊かでありませんでしたが、両親は、私を含め息子3人を大学まで卒業させてくれました。

学費の工面は並大抵ではなかったと思います。しかし、そのそぶりは決して見せませんでした。

両親を亡くした後、実家で遺品の整理をしていると、私の小学生、中学生、高校生、大学生時代の通知表などが大切に保管されてありました。

今は、「自由競争」の名のもと、教育の格差が拡大し、貧富の格差拡大へと繋がっています。

「子どもの貧困拡大」という恐るべき事態も出現しています。今こそ、大人の果たすべき役割を真剣に考え直しましょう。

 

4月「ちょっと一言」 理事長 平良一夫

3月の卒業式が終わり子どもたちは夢を膨らませ、次なるステップに旅立ちました。

4月には子どもたちが大きな鞄を背負い小学校に入学して参ります。

毎年毎年この風景は変わるものではありませんが、子ども達の姿を見ることにより

心新たな気持ちにさせられるものです。

子どもたちのスタートラインは、同じだけれど成長するに従い、進む道は其々違っていくものです。

昭和、平成と時代は変わり生きていくための生活習慣や考え方も違っていくのも仕方のない事実ですが何もかも捨て外国の真似をすることが良いものではない。

他の国にない日本の最も大切な文化、習慣、道徳など引き継いて行かなくてはなりません。

現在が良い、過去が良いと決め付けることなく過去の良いところ、現在の良いところと融合し次に繋がることが大切です。以前の尼崎市は「西の尼崎・東の川崎」と重工業でお互いが競い栄えたものです。

活気に満ち溢れた姿はどこに消えたのでしょう。現在の川崎市は、時代を上手に受け入れた勢でますます

発展しております。尼崎市は、公害訴訟問題、その他の問題でで次の目処がつかなかったのか多くの企業が尼崎を去って行きちょっと淋しい尼崎になっているように思います。

子育に於いても同じような気がします。私がPTA会長の時にこのような話がありました。

ある会議で、一人の教師に「何故尼の学力は低いのでしょうか?」と質問をしました。

その人の答えは「生活水準が低いから」と聴こえた瞬間「教師をやめたらどうや!」と大きな声を出したことを今でも鮮明に覚えております。本当に子どもたちと向き合って頑張っている先生が気の毒でなりません。

勉強が全てではありませんが、子どもたちが社会に出て活躍できるのはやはり基礎学力が必要です。

勉強の出来る子どもは大学へ、勉強が苦手な子どもは、子どもの得意分野を見つけてあげ力を伸ばす、又、手に職を付けるなど、子どもたちが生きていくうえには欠かせないことです。

子どもたちの進む道は、其々違いますが社会に出たときに「尼崎の子どもたちは、元気で粘り強く向上心がある!心の優しい子!」と謳われるように、尼崎子ども情報センターの私どもも、尼崎のこどもたちの足がかりになるように支援を行いたいと思っております。